お寺の紹介:鶴川地蔵尊 地蔵堂:東京・町田、神奈川・横浜、川崎に近い水子供養と祈祷のお寺
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お寺の紹介
高蔵寺縁起
空海弘法大師を宗祖とする奈良県桜井市にある真言宗豊山派長谷寺の末寺。「従来当時御朱印奉還之理由書」という明治の記録によると、足利将軍家代々の武運長久祈願所として康安二年(1362年)4月、権大僧都法印定有によって開山。六百有余年の歴史の重みを持つ古刹である。
御本尊は金剛界大日如来。

慶応3年10月、御朱印を奉還するまでは御朱印11石5斗のほか「境内地録御除地トシテ無高下賜」されていたのでかなり寺格が高いといえよう。また過去には上三輪・下三輪の神社(熊野神社・椙山神社)を管理していたという歴史もある。

また明治5年の「学制」発布により、高蔵寺に「研精学舎」と「岡登学舎」という寺子屋式の学校が明治6年2月に開業。当時は村の人口が少なかったため、三輪村・熊ヶ谷村・岡上村の三つの村が一緒になり開業した。
明治15年4月には高蔵寺末寺慶福寺が高蔵寺に合寺されている。

多摩八十八カ所霊場第十番札所にもなっており、季節になるとお遍路さんで賑わう。
また町田高蔵寺七福神霊場としても知られている。
東国花の寺百ヶ寺でもあり4月~5月になると西洋石楠花約1,000株の花が咲き、参拝客の目を楽しませるなど、七福神と石楠花の寺として親しまれている。
地蔵堂縁起
高蔵寺別院の地蔵堂。椙山神社のとなりと錯覚するほどの近さにあるお堂である。

享保18年(1733年)、徳川氏旗本、村上左衛門によって開山する。明治元年までは正善寺といい高蔵寺末寺だった、廃寺となる前に高蔵寺別院の地蔵堂となる。

御本尊は長一尺坐像の地蔵菩薩、室町時代の作である。
「町田市仏像調査報告書」によると菩薩の「個性的な表情、くせのある衣文の表現」はいかにも16世紀室町時代の彫刻と評価され、また町田市にも類例が無いという正保3年(1646年)、江戸初期に作られた厨子(仏像を安置する宮殿)がある。

現住職高蔵寺22世尚光師が昭和51年(1976年)に新堂を建立。地蔵信仰を盛り上げる。現在水子供養と祈祷の寺として人々の心安らぐお寺と親しまれている。平成16年(2004年)より、高蔵寺住職の子息、孝雄師が堂主としてお堂をお守りしている。
寺宝である百万遍数珠(約12m)は、三輪村を疫病から救った災難除けの数珠である。大晦日から1月3日地蔵まいりの間、大数珠にふれ、厄払いすることができる。

高蔵寺本院
高蔵寺本院
地蔵堂看板
地蔵堂境内
地蔵堂全景
地蔵堂全景